登山家 栗城史多(くりきのぶかず)さん、下山中に遺体で発見。所属事務所が発表。

驚きのニュースが飛び込んできて
悲しみがヒシヒシと襲ってきます。
登山家の栗城史多さん(35)が
「遺体で発見された」と栗城さんの
所属事務所が発表しました。

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栗城史多(くりきのぶかず)さんの死亡発表(全文)

栗城についてのご報告
2018/5/21 15:13
栗城事務所の小林と申します。

このようなお知らせになり大変申し訳ございませんが、
エベレストで下山途中の栗城が遺体となり発見されました。

下山を始めた栗城が無線連絡に全く反応しなくなり、
暗い中で下から見て栗城のヘッドランプも見当たらないことから
キャンプ2近くの撮影隊が栗城のルートを登って捜索し、
先ほど低体温で息絶えた栗城を発見いたしました。

生きて帰ることを誓っておりましたのに、
このような結果になり大変申し訳ございません。

生きて帰るため執着しないと誓っておりましたのに、
最後に執着してしまったのかもしれません。

皆様へのご報告が遅くなりなりましたこと、
心よりお詫び申し上げます。

何m地点で発見されたかなど
これ以上の詳細が日本でわからず大変恐縮ですが、
またわかり次第お知らせ申し上げます。

これまで栗城を応援していただき、本当にありがとうございました。

栗城事務所  小林幸子

遺体が発見されるまでは、
所属事務所が公式に発表するまでは、
栗城さんは「生きている」と願っていましたが、
残念でなりません。

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栗城さんはエベレスト登山挑戦中だった

栗城さんは7大陸最高峰の「無酸素」「単独」
による登頂を目指し、最後に残されたエベレストに
8度目の挑戦中でした。

栗城さんは4月17日に日本を出発後、27日に
ネパール側のベースキャンプに到着。
5月5日から登山活動を開始し、7400メートル
付近まで到達していましたが、体調不良で下山中
だったところ、第2キャンプ付近で遺体で発見されました。

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栗城さんのプロフィール

■名前   栗城史多(くりきのぶかず)
■生年月日 1982年6月9日※35歳
■出身地  北海道瀬棚郡今金町
■出身高校 北海道檜山北高等学校
■出身大学 札幌国際大学人文社会学部社会学科卒
※2011年9月からよしもとクリエイティブ・エージェンシー
と業務提携

ウィキペディアによると、

「冒険の共有」を
テーマに全国で講演活動を行いながら、
年に1、2回ヒマラヤ地域で高所登山を行っている。

エベレストには単独無酸素登頂と頂上からの
インターネット生中継を目指し、2009年9月
チベット側、2010年9月ネパール側から挑んだが、
8,000mに達することが出来ず敗退。

2011年8〜10月に前年と同じネパール側から
3度目の挑戦をしたがサウスコル7900mに達せず敗退。

2012年10月に西稜ルートから4度目の挑戦も強風
により敗退。この時に受傷した凍傷により、のちに
両手の指9本を切断。

2015年の5度目、2016年6度目、2017年7度目の
エベレスト登山も敗退した。

私が、栗城さんを知ったのは、2012年の挑戦で
凍傷で両手の指9本を切断したころでした。

ネットで流れてきた栗城さんの「強く生きる」
姿勢に惹きつけられて、彼の挑戦を応援していました。

「必ず、生きて帰ってくる。」

それが、栗城さんと彼を応援している人との
約束でしたが、叶えられませんでしたね。

自分の体を壊した登山をキライになることなく、
最期まで山で挑戦を繰り返していた彼を讃えたいと
思います。

栗城さん、多くの勇気と希望を与えてくれて、
ありがとうございました。
栗城さんのご冥福を心から、お祈りいたします。

これは栗城さんから贈られた宝物です。
http://www.kurikiyama.jp/

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